【三】
こういうことを書くのは、本当にひどく気がひけることである。不幸にして病に冒され、深刻な闘病生活のなかで必死に生きていらっしゃるかたがたには、傲慢不遜な物言いのように受けとられてもしかたがない。しかし私は、必要のない人びとが病院に押しかけたり、 自立心を欠いた患者たちが事あるごとに医師や薬に頼ろうとすることに文句をつけているのだ。ちょっと風邪気味だったり、すこし疲労がたまったり、病気らしい病気でもないのに、自分では自覚症状を訴え、そのたびごとに治療を受け、注射を頼み、薬をもらおうとする安易さが気にくわないのである。
よくいわれる大病院での3時間待ち3分治療などという話は、まだいいほうだ。ある国立病院の医師が自分の仕事ぶりをチェックしてみたところ、ひとりの患者に2分平均しかさいていないことがわかって、そのことを嘆いている文章を読んだことがあった。これもあまりに多くの市民が気軽に病院に押しかけるからだと私は思う。
本当にしかたがないときしか病院に行かない、それが大事なことなのだ。医師の世話になるのはギリギリのときだ。やむをえず、しかたがないから診察を受け、医療の世話になるのだという考えかたに立つべきなのである。
さらに言わせてもらえば、むやみに科学や医学に頼るな、ということだ。科学はつねに両刃の剣である。医学や技術の進歩によって救われた命と、それによって失われた命と、はたしてどちらが多いか。私は五分五分だと感じている。医学が作りだす病気もまた少なくないのである。そのことを統計的に証明せよ、と言われても、私にはそれをする気はない。統計や数字もまた現代の大きな病のひとつだと感じるからだ。数字は正直だが、それを扱うのは問題だらけの人間たちではないか。文明の利器と称されるもので、凶器と化す可能性が皆無なものがあったら教えてもらいたいものだ。
31.「気にくわない」は筆者のどういう気持ちを表しているか。
[A]安易に病院に行くことに賛成できない。
[B]病気のようだったら、早めに治療を受けるべきだ。
[C]病気と分かったら、医者にかかるのもしかたがない。
[D]自分の感覚に頼らないで、医者の指示に従うのが大切だ。
32.文中の「これ」は何を指すか。
[A]一人の患者に2分平均しかさいていないこと
[B]ある医師が書いた文章を読んだこと
[C]大病院で3時間待ち3分診療のこと
[D]ある医師が自分の仕事ぶりをチェックしたこと
33.文中に「ギリギリのとき」とあるが、どういうことを指すか、次の中で最も適切なのはどれか。
[A]病気がちのとき9
[B]病気だと分かったとき
[C]自分でどうしようもないとき
[D]もうすぐ死ぬとき
34.筆者がこの文章で訴えようとしているのは何か。
[A]医者の世話になるのはぎりぎりのときだ。
[B]医者や技術の進歩の功罪を論じる気はない。
[C]科学はつねに両刃の剣だ。
[D]統計や数字も現代の大きな病の一つだ。
35.筆者の考えに合うのはどれか。
[A]病気になったら、迷わず病院へ行くのも当然だ。
[B]「3時間待ち3分診療」は医者の無責任から起きる現象だ。
[C]医学や技術の進歩は疑わずに信じてもいい。
[D]数字は客観的だが、これを使うのは人間だから、よく考える必要がある。